自然とのゲーム

昨日、今日と
土曜日、日曜日の為、

今いるキャンプ場も家族連れで賑やかだった。

そんな中で感じたことが一つある。

それは、ポータブルゲームをしている小学生ぐらいの子どもたちを多く見かけたこと。

お父さんが、一生懸命バーベキューの火をおこしている隣でゲームをしていたり、
キャンプ場の2口しかない共用コンセントのところで、2人の子どもが電源を差しながら、無言でゲームをしていた。

もちろん、その子たちもずうっとゲームをし続ける訳ではないのだろうが、わざわざこんな自然の中にきてまでやりたいものなのだろうか?

共用コンセントの所にいた子供は、最初にみかけてから、1時間後ぐらいに同じ場所に行ったら、同じ姿勢で黙々とゲームを続けていた。
まるでそこだけ時が止まっているようだった。

ちょうど、自分が子供の時にファミリーコンピューターが登場して、スーパーマリオが、大ブレイクした。
それはもう、子供の自分にしてみれば、衝撃的なできごとで、毎日ゲームをした経験があるから、ゲームの楽しさも理解できる。

でも、ゲームって、
所詮、人間により設計されたものであり、ゲームの世界の中では、その設計されたとおりことしか起きないし、ゲームをやり続けても、得られるものは、ゲームをやっている時の快楽と、クリアしたときの達成感しかない。
結局、その達成感も、人が設計した問題を解いたというもの。

こう考えられたとき、自分はゲームを辞めた。

今の子どもたちも、せっかく自然の中に来ているのだから、自然の中でゲームをすればいいと思う。

たとえば、火おこしゲーム。

バーナーや着火材などは使わずに、
マッチだけで火をつけてみる。
枝を集め、炉をつくり、火をおこす。簡単のようで難しい自然とのゲーム。そして、その火種を使ってバーベキューの炭に着火させるため、食事がかかった責任感のあるゲーム。

こんなことだってゲームにできる。
そのゲームは自然が設計した、昔から人間が挑んできたゲーム。攻略本なんてないゲーム。

せっかく自然の中に来たのだから、
自然の中でゲームを見つけていければいいのではと思う。

今日も1日ありがとうございます。

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