農業という仕事の対価とは・・・Part4

前回の記事の続き

自分が毎週農家さんで働くようになり、

その野菜や卵などを自宅にもってかえると、

その都度に「これな~に?」と

子ども達が興味を示して、

畑に行きたい!!と言うようになった。

それから、農家でイベントがあるたびに、

その農家さんへ家族で仕事(遊び?)に行くようになった。

田植え、稲刈り、麦わら集め、種まき、定植、収穫、

もちつき、ひつじの毛刈り、そして、鶏を絞めることも手伝った。

家族が色々と農家の仕事を手伝うことで、

その仕事が家族の中での共通話題になってきた。

たとえば、子どもが自分たちで植えた種が、

ちゃんと芽がでた?とか無事に育っている?とか、

質問してきて、いまの畑の状況を聞いてきたりする。

そして、次男はにんじんが今まで嫌いだった。

でも、自分でにんじん種を蒔いて、

自分でそのにんじん収穫をしてから、

にんじんをおいしいと食べるようになった。

買ってきたにんじんより、自分で育てたにんじんの方が

きっとひと味おいしく感じるのかな。

いまも自分が時給¥200で農業の仕事を続けているのは、

とても小さな日常のことだけれど、

こうやって家族が仕事を一緒に楽しめているかもしれない。

また、この体験も農業という仕事の対価の一部なのかもしれない。

そして、最初にオーナーが言っていた、

お金に振り回される今の社会に疑問を感じて、

あまり社会に頼らず、自分自身が自分らしく

生きていける仕事が百姓という言葉。

最近、その意味がわかってきたような気がする。

この農家に住み込みで働いている若いスタッフも、

けっして高い給料をもらって仕事をしていない、

自分も時給¥200で仕事をしている。

それなのに、そのお金の事で愚痴をきいたことがない。

前職のIT企業で管理職をしていたころ、

「給料が安い」・「ボーナスが安い」・「仕事がつまらない」

だからどうにかしてくれ・・・

そんな悩みの愚痴をこぼす社員が少なからずいた。

今の自分から見たら、そんな彼らも立派な高給とりだ。

でも、きっと彼らは今も同じ悩みをしているような気がする。

結局、仕事とは自分が楽しい、ワクワクする!!と思える事をして、

それを他人に提供するサービス(仕事)に変える事が出来ていれば、

給料(お金)はそれ程多くなくてもいいのかもしれない。

まあ、偉そうな事を書いたけど、

我が家も妻がフルタイムで働いて

きっちりと稼いできてくれているから、

自分も農家で仕事が出来ているのが実情。

そして、今の社会ではお金が必要であることに変わりはない。

だから、お金がほしくないといえば嘘になる。

でも、家族が楽しく暮らしていけるように、

最低限のお金を生み出せれば、

それだけで今は十分なんだよと昔の自分に言いたい。

昔の自分は「より多くの給料」というものに

価値をおいていたから。

$人生を楽しもう!!


コメント

  1. coach komatsu より:

    SECRET: 0
    PASS:
    足達さんのブログから来ました。
    さかのぼって記事拝見し、共感し、うんうんとづなづきながら読ませていただきました。
    おっしゃる通りだと思います!!!

    私もいつか農業がしたいという夢があります。先を越された(笑)って感じです!(笑)

    自分の好きでワクワクできて楽しいことやっていきたいと思います!
    ありがとうございました。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >coach komatsuさん

    すてきなコメントありがとうございます。

    農業は大変さもあるけど、
    自然の中での仕事なので癒されてことも沢山ありますよ。

    ぜひぜひ、トライしてみてくださいね。

    コメントありがとうございます。

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